誰でも、他人からどう見られているか、

どう思われているかと気になるものです。

「どう見られようと、思われようと関係ない!」と

割り切れれば気持ちも楽ですが、なかなかそうはいきません。

しかし、気にし過ぎる余りに、「生きづらさ」を感じるようでは

心を健康的に保つことが難しくなります。

そこで、“気にする”心理についてお伝えしましょう。

敏感な人ほど生きづらい時代

“周りが気になる”という内容のご相談は確実に増えているように思います。

同僚の一言に傷ついたり、何気ない態度に不安を感じたりと、

周囲の反応をとても敏感に受け取り、深く傷ついてしまうような

“敏感な人”が増えていることを実感します。

敏感な人は、”心の傷の痛み”にも敏感で、それを癒すための情報にも敏感です。

毎日、次から次へと新しい情報が提供されることは、

生活やビジネスにとってはありがたいことですが、

それゆえに、弱った心は情報に振り回されてしまい、

なお生きづらくなってしまうようです。

実は、人には「2種類の敏感」が存在しています。

自分を守るための敏感

 自分を守るための敏感とは、「傷つきたくない」という

無意識の防衛的感情が働きます。

 たとえば、自分の言った言葉に対して、相手がどんな反応をするか、

どんな態度で返してくるか、自分のことをどう見ているか…

自分の接し方が正しかったかどうかの判定基準になっているので、

ますます敏感になります。それは、”正しい関わり方”をすることで、

自分が傷つかないように守っているのです。

 しかし、他人の反応を判断基準にするということは、10人いれば10通りの

接し方を求められることになり、どれが正しいのかわからなくなります。

正しさの基準は人によって違うので、結局は、人に振り回され、

自分を守るための敏感さが逆に自分を傷つけることになり、

人間関係にも疲れ果てて、ますます生きづらくなってしまいます。

他人を守るための敏感

思いやりの心

 一方、2つ目の敏感、「他人を守るための敏感さ」は、

より豊かな人間関係を築き上げるのにとても大切なことです。

たとえば、「こんにちは!」と挨拶をしたのに、

相手が不機嫌そうな態度だったとき、自分を守るための敏感さが働くと、

「私の言い方が悪かったのかな?」と、つい自分に敏感になってしまいます。

反対に、「いつもと違うわ!体調でも悪いのかしら?」

「何かイヤなことでもあったのかしら?」と、相手の言葉や態度だけでなく、

その裏側にある感情や事情に気づくということが、

「他人を守るための敏感さ」ということです。

❝敏感”はネガティブなことではない!

繊細な心

 「いつもと違う…」ということは、日頃の様子を知っている

からこそ気づくことです。

「どうしたの?」と声をかけれ上げれば、相手もその気遣いに対して、

少なくとも“イヤな気分”にはならないでしょう。

「自分を守るための敏感さ」は、言い換えれば「思いやり」のことです。

人づき合いは、“正しさ”よりも“優しさ(思いやり)”の方が、

お互いに良い関係を築きやすいようです。

 一方、自分に対しても他人に対しても“敏感”なことは、

決してネガティブなことではありません。

周囲の状況に敏感に反応するということは、環境に影響を

受けやすいということです。したがって、環境次第では

大きく変化できるとも言えます。

 外に向いている敏感さを、少しだけ自分の内側に向けてみましょう。

何が好きで何が嫌いか、やりたい事とやりたくない事、

できる事とできない事など、敏感だからこそ、自分自身の

特性を細部まで知ることで、自分らしく居られる環境を

探すことも可能です。